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―ハァ、ハァオレ何やってんだ?

一気に階段を駆け降り昇降口で両膝に両手をつき前屈みになり息を整えていた。

智弘は家蔵を抱きしめた事を思い返した。
西日に照らされた家蔵はなんだかはかなげで消えてしまう気がした。

そう思ったらいつの間にか体が勝手に動いていた。

家蔵に言われるまで自分が抱きついている事さえ自覚できてなかった。

とにかく家蔵を捕まえなきゃ、と思うだけで精一杯だった。今更ながら冷静に考えればわかりそうなものだが智弘にはそれは無理な事だった。

揚句の果てにスパイクを取りに行ったくせに結局また忘れる始末だ。
スパイクがないと練習が出来ない。だからと行って取りに戻ればきっとまだ家蔵はいるはずだ。

さっき駆け降りる時袴姿の弓道部員とすれちがった。考えあぐねているとさっきすれ違った部員がパタパタとおりてきた。

ということは後少しまてば、家蔵(カグラ)が降りてくるからそしたら取りに行こうと決めた。

ところが待てど暮らせど家蔵は降りて来ない。余り気が長いとは言えない智弘はとうとう我慢が出来ず階段に向かって歩き始めた。

階段方向へ角を曲がった時、案の定家蔵と鉢合わせた。
二人して驚いたまま動けずにいた。

沈黙だけが続いていた。先に沈黙をやぶったのは以外にも家蔵だった。

「あのさ」視線を少しそらしながら

「あれはどういう意味だったんだろう…か…。」

智弘は家蔵の上履き辺りに視線をおとしていた。

「いや、別に、意味というかなんというか…。」

ごにょごにょと言葉を濁す。こういう話は智弘がもっとも苦手な部類だった。

「だけど、」といいながら智弘は握りこぶしに力を込める。

少し薄い色素の瞳を見つめる。

「あの時は抱きしめて捕まえないと、お前がどこかに消えてしまいそうだったから。」

力強く見つめられた家蔵は智弘の視線を交わすことができなかった。

家蔵の知っている智弘の姿ではない事に戸惑いを感じていた。

いつものおちゃらけている智弘はなく、真摯な眼差しの智弘は家蔵の気持ちを大きく動揺させた。

「僕が消えてしまいそうだったって、なんで…そんな風に思ったんだ?」

少し視線をはずしなんとか言葉にした。
智弘は頭の後ろをガシガシとかきながら頬を上気させた。

「教室の中にいた家蔵の周りの空気がなんていうか薄い衣がまとわりついているように見えてさ…。いなくなってしまいそうな気がしてさ。で、気がついたらお前を抱きしめてた。」

まっすぐな言葉を家蔵にむけた。
恥ずかしさもあったが家蔵を抱きしめた事実はかわらならい。

智弘の中でその出来事は認めるべき行動となっていた。

家蔵は智弘のまっすぐで真摯に見つめる瞳に心地よさを感じた。

「そっか…。ちょっと考え事をしてたんだ。」

家蔵はそういって智弘の瞳をじっと見つめかえす。家蔵に見つめ返される喜びが沸々と沸いてくる。

気持ちがどんどん高揚してしまう。智弘は一歩家蔵に近づこうと足を踏み出したその時、二人に近づく足音が聞こえた。

「家蔵先輩。」

さっき家蔵を呼びに来た弓道部員が再び現れた。智弘の心臓がバクバクと驚き口から心臓が飛び出してしまいそうなる。

「早く来てくださいよ。今日、他の先輩もまだ来てなくて。」

後輩はほとほと困り果てたように言う。家蔵は後輩に視線を向ける。

「わかった。すぐに行くよ。」

後輩ははい。といって戻っていった。それから智弘に視線を戻し少し頬をそめた。

「中野、なんか心配してもらってありがとう。じゃ、また。」

家蔵は智弘の横を通り過ぎる。
その時智弘は何を思ったか家蔵の腕をつかみ引き寄せる。
家蔵はバランスを崩し智弘の腕の中に納まる。
力強く家蔵を抱きしめる。

「オレ、お前の事がすごく気になる。なんでだろ。」

抱きしめながら智弘はぽつりとつぶやく。突然の出来事に家蔵は何も答えることが出来なかった。

智弘はゆっくりと家蔵を離した。

「ごめん。でもオレこうしないと気持ちがおちつかなかったから。じゃ、オレもいくわ。またな。」

といってスパイクを取りに階段を昇り始めた。智弘のこの言葉に家蔵の時間が動き出す。振り返り何か言おうとするが言葉が出てこなかった。

「先輩、早くしてくださーい!」

後輩の言葉に促され家蔵は後輩のもとへと歩き始めた。
ゆっくりとした時間の中で家蔵の気持ちが心地よく火照っていくのを感じていた。


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